山形県南部の置賜(おきたま)地方にある米沢市は、江戸時代から織物の産地として知られています。
江戸時代屈指の名君とされる米沢藩九代目藩主・上杉鷹山公は、殖産興業の一つの柱として、武家の婦女子による織物の内職を推奨しました。
白根澤家は、鷹山公の時代からこの地で織物を生業としてきた老舗の織元です。
明和6年(1770年)創業から250年余り、現当主十一代目の白根澤義孝さんのもとで、新しい「ものづくり」へのチャレンジが続けられています。
日本最北の織物産地「米沢」
東西南北に延びる日本では、全国に数多くの織物産地(繊維産地)が点在しています。
その中でも、最北に位置する産地が山形県の米沢です。
米沢の織物の歴史は古く、400年以上前に遡ります。
もともとこの地では麻織物の原料である青苧(あおそ)が生産されており、織物産地へと出荷されていました。
江戸後期には、上杉鷹山公が織物先進地の小千谷から技術者を招いて、米沢の織物の発展に尽力しました。麻織物として始まった「米沢織」は、その後の養蚕の発展とともに、絹織物が中心となりました。
米沢には、現在も30社あまりの織元・メーカーが存在しており、各社が伝統を守りつつ新しい「ものづくり」を活発に行っています。
『白根澤』の着物
米沢織の織元の中でも、250年余りという長い歴史を誇る老舗が『白根澤』です。
明治時代以降も、皇室御用のほか、権威ある染織展への入選や受賞歴も多く、令和の今までしっかりと伝統を守り続けている織元です。
現当主は十一代目となる白根澤義孝さん。高校・大学で、繊維や染色を専門的に学んだ後、京都での修行期間を経て、米沢織の「ものづくり」の現場へ。
『白根澤』の代名詞とも言える「もじり織」のほか、古代織の復元織物や、草木染の織物など、多くの織物製品が着物ファンの心をつかんでいます。
透かし織りが涼し気な「もじり織」
「白根澤」の着物と言えば、優美な透かし織りの「もじり織」を思い浮かべる方も多いことでしょう。
「もじり織」とは、古くは中国から伝来したネット状の編み物を織物に転換したものとされています。
『白根澤』では、先代である十代目がいち早くジャカード織機を導入し、複雑な透かし織りの実現に成功しました。
ジャカード織機の導入以前は、織物の柄と言えば、縞模様か格子模様、絣(かすり)模様で、複雑な表現は不可能でした。
「透かし織り」の織物としては、ほかに、夏着物用の「羅(ら)」、「紗(しゃ)」、「絽(ろ)」が知られています。
白根澤の「もじり織」着物は、柄の部分のみが透かし織りになっているため、夏着物用の反物よりもしっかりした生地が特徴です。
裏地をつけて「袷着物」として着ることもできますが、涼し気な透かし織りの風情を生かして、「単着物」として仕立てるのがおすすめです。
ひと昔前までの常識では、単着物の季節は6月・9月のみと相場が決まっていましたが、気候変動により気温が上昇している現代では、5月頃から単着物を着る方が増えています。
「もじり織」の着物は、盛夏から単の季節まで、お召しになれる期間が長くて便利です。おしゃれな「もじり織」の単着物を一枚お仕立てされてみてはいかがでしょうか。
明治復元織物「絲織(いとおり)」
老舗である『白根澤』に大切に保管されていた織物サンプルを解析し、古代の織物を復元したのが「絲織」です。
一般的な絹織物は、強度を上げるために糸に撚りをかけるのが普通です。
明治時代の織物サンプルを分析したところ、「無撚糸」を使用していることがわかりました。
無撚糸はとても扱いにくいですが、慎重に製織することで、絹本来の美しい光沢と滑らかな肌ざわりを生み出します。
草木染の着物
米沢織といえば、優しい色味の「紅花紬」の着物がお好きな方も多いのではないでしょうか。
紅花や藍などの天然染料を使った「草木染」も、米沢織の特徴の一つとして知られています。
白根澤産の織物としては、紅花のほか、藍、桜、五加木(うこぎ)などの草木染があります。
紅花は山形県の「県花」にもなっている特産品です。
最上川源流地域は紅花の栽培に最適な気候風土とされ、江戸時代には全国の6割以上もの出荷量を誇りました。
明治時代に化学染料が使用されるようになったことで、紅花染は一時衰退しましたが、米沢産の紅花紬が評判を呼び、現在では米沢織の代表的な織物製品の一つになっています。
白根澤産の紅花紬は、経糸(たていと)・緯糸(よこいと)に繊細なぼかしを表現した反物や、もじり織の反物など、『白根澤』ならではの技術が生かされた逸品ばかりです。
貴重な野蚕(やさん)の織物たち
野蚕(やさん)とは、桑の葉で飼育される一般的な「家蚕」(家畜化された蚕)とは異なり、野外で桑以外の葉を食べて育つ蚕のことです。
野蚕から採取した絹糸は「ワイルドシルク」とも呼ばれています。
・栗繭(くりまゆ)
栗の木に繭をつくる野蚕です。繭は褐色で、繊維状に加工すると羊毛のような風合いになります。真綿と合わせることで、コシの強い織物になります。
白根澤産の「栗繭墨絵八寸帯」は、素朴な風合いの栗繭の帯地に、墨絵で美しい手描きが施されています。繊細な草花柄から、ほっこりする動物柄まで、趣味の良い八寸帯は普段使いにとても重宝します。
・天蚕(てんさん)
クヌギ、ナラを食べる日本原産の野蚕です。薄緑色の繭を特徴としており、美しい光沢と高い保温性があります。「まぼろしの糸」として、絹のダイヤモンドとも呼ばれています。
谷屋へ「白根澤」の着物や帯を見にお越しください
谷屋呉服店では、全国の名産品をご紹介する展示会を定期的に行っています。
「白根澤」の着物・帯をお手に取ってご覧いただける展示会を予定しておりますので、その折にはぜひお立ち寄りくださいませ。